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広島高等裁判所 昭和48年(う)78号 判決 1974年5月14日

被告人 松浦清明 外九名

主文

原判決中被告人長尾実、同松浦清明、同中崎貞、同田中米市、同北田光明、同末広定三、同亀本竹五郎、同井原光夫に関する部分を破棄する。

被告人長尾実を懲役八月に、同松浦清明を懲役一〇月に、同中崎貞を懲役四月に、同田中米市を懲役三月に、同北田光明を懲役三月に、同末広定三を懲役六月に、同亀本竹五郎を懲役六月に、同井原光夫を懲役三月に各処する。

この裁判確定の日から、被告人長尾実、同松浦清明、同中崎貞、同北田光明、同末広定三、同亀本竹五郎、同井原光夫に対し各三年間右各刑の執行を猶予する。

押収の一万円札二枚(広島地方裁判所昭和四八年押第二号の一)は被告人北田光明から、一万円札一枚(同号の二)は同末広定三からそれぞれ没収する。

被告人長尾実から金四万円を、同松浦清明から金二万円を、同中崎貞から金二万六九二一円を、同田中米市から一万三八三五円を、同北田光明から金六九二一円を、同末広定三から二万五〇五〇円を、同亀本竹五郎から金六万円を、同井原光夫から金二万円をそれぞれ追徴する。

原審における訴訟費用中、原審証人山根栄に支給した分は被告人末広定三の、原審証人山田幸子に支給した分は被告人松浦清明、同長尾実、同中崎貞、同田中米市、同北田光明の各負担とする。

被告人城楽健、同松岡以徳の本件各控訴はいずれも棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、広島高等検察庁検察官杉本欽也提出、広島地方検察庁検察官増山登作成の控訴趣意書、弁護人河合浩、同鈴木惣三郎、同林良邦共同作成の控訴趣意書各記載のとおりであり、右弁護人らの控訴趣意に対する答弁は、検察官杉本欽也作成の答弁書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

第一弁護人らの本件控訴趣意中事実誤認の主張について

論旨は要するに、本件各金品の授受、饗応はいずれも選挙運動の報酬としてなされたものでなく、少くとも被告人らには右報酬であるとの認識を欠いていたのであるから、原判決が被告人らにつきいずれも選挙買収罪の成立を認めたのは事実を誤認したものであるというのである。

しかし、原判決挙示の関係各証拠によると、原判示の各事実ことに本件各金品の授受、饗応がすべての選挙運動の報酬としてなされ、被告人の犯意に欠くることのなかったことを認めるのに十分である。

所論は、本件各金品の授受、饗応のほとんどは蔵田一二三後援会の活動として会員募集を行なった被告人らに対する手当、慰労としてなされたものであると主張し、被告人らも原審および当審公判廷において右主張にそう供述をしている。しかし、被告人らの右各供述によっても、被告人らは後援会の会員を募集するにあたり、後援会設立趣意書、会則、申込書等を示して会の趣旨を説明し、会員になることを承諾すればその人の署名捺印がある申込書を提出させるという方法をほとんどとっておらず、単に会員になってくれと口頭で勧誘し口頭による承諾を得ているだけであり、会員であることを確実に証する文書はなんら保存されていないのであって(被告人田中は、「会員になってくれと言われて承諾したが、請求した書類を持って来ないから私は会員になっていないと思う」旨供述している)、かかる募集方法に、後援会が本件選挙告示の三ヶ月前に設立され、ことに同会黒瀬連絡事務所が右告示の直前に設けられ、右募集が右設立以後の選挙告示に接着した時期および選挙運動期間中に行なわれていることをあわせ考えると、被告人らのいう会員募集は単なる口実にすぎないもので実質はすべて蔵田一二三を当選させるための投票依頼ないし投票取りまとめの依頼であって、被告人らは後援会活動の名をかり選挙運動を行なっていたものと認めるに難くなく、そうすると、後援会活動の手当、慰労の趣旨でなされたとの主張はすでにその前提を欠くことになるばかりでなく、後援会活動の手当というのであれば当初から右手当の基準が明確に定まっていてその支給後精算されるのが普通であるから、その支給にあたり金額算出の根拠が明らかになっており、また領収書をとるべきであるのに、本件各金員の授受に際し領収書のとられた形跡は全くなく、金額算出の根拠も不明であり、この点からも右授受の趣旨を後援会が当然支出すべき手当であるとはとうてい認められない。もっとも被告人亀本の場合一日三〇〇〇円の割合で活動日数に応じて六万円を受領しているのであるが、同被告人が専ら選挙運動に従事していたことは証拠上明らかであって、単なる事務員、労務者ではなかったのであるから、右金員は選挙運動の報酬を日割計算したのにすぎないものと認められる。

次に所論は、呉温泉における第一回の宴会につきそれが三和クリーニング三周年記念の招宴であったと主張するのであるが、原審証人山田幸子が、「前日松浦から、どれ位蔵田の票がとれるか、あす運動員にみな集まってもらって話をすると言われた。宴席では蔵田について今度県会に立たれるとの紹介があった」旨証言しており、被告人田中も原審公判廷で「松浦に飲みに行かんかと誘われて出かけた、検察官に対し三周年記念であれば花輪を持って行くと言ったことはある、選挙のことだとは思うには思った」旨ややあいまいではあるが、選挙に関した宴会であったことを認める供述をしており、右宴会に招待された者がほとんど蔵田の運動員で、蔵田自身出席し挨拶していることにてらしても、右証言、供述に反する各関係被告人の供述は信用できない。

また所論中には被告人らの検察官に対する各供述調書が特殊性、具体性に欠け、かつ後援会活動に関する供述がなく信用性がないと主張する部分があるが、右各供述調書を仔細に検討してもこれらに記載されている各金員の授受、饗応に至る経緯、状況はまことに具体的で特殊性に欠けることもなく、後援会活動に関する記載がないとしてもそれは右活動をあまり行なっていなかったからであると考えられ、不合理、矛盾の多い被告人らの公判廷供述たとえば選挙の投票日直前まで後援会会員を募集していただけで投票依頼等全く行なわなかったというような選挙の実態にそぐわない供述、一方で後援会の手当といいながら他方自分のポケツトマネーだからといって金を渡したというような矛盾した供述に比すれば、各供述調書の記載は十分信用できる。

その他所論にかんがみ記録を精査しても原判決の事実認定に誤りは存せず、所論はすべて理由がない。

なお職権をもって調査するのに、被告人田中は原判示第六、二、(2)のとおり被告人松浦らから供与をうけた二万円のうち九四一〇円を使用して同第六、一のとおり一一名に物品を供与しており、また被告人末広は原判示第八、三、(2)のとおり被告人長尾らから供与をうけた一万円のうち四九五〇円を同第八、二のとおり竹藤春登に供与していて、被告人松浦、同長尾らの被告人田中、同末広に対する供与の趣旨の中には同被告人らの裁量による他の選挙運動者に対する供与の趣旨も含まれていたものと認められるから、被告人田中、同末広による右供与金額は結局同被告人らに最終的に利益が帰属したということはできず、そうすると、原判決が被告人田中から右供与金額九四一〇円を控除しないで二万三二四五円を、被告人末広から右供与金額四九五〇円を控除しないで三万円を各追徴する旨言渡したのは公職選挙法二二四条後段の解釈適用を誤ったものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決中被告人田中、同末広に関する部分は破棄を免れない。

第二弁護人らの本件控訴趣意中量刑不当の主張、検察官の本件控訴趣意(量刑不当の主張)について

弁護人らの論旨は、原判決の被告人らに対する量刑は重きにすぎ全員罰金刑に処せられたいというのであり、検察官の論旨は、原判決の被告人城楽、同松岡、同田中を除くその余の被告人らに対する執行猶予の期間が極めて短期にすぎ不当であるというのである。

そこで審案するのに、本件は、被告人らが後援会活動名下に現金買収二六件、合計金額八〇万円余、饗応三件、物品供与一件の選挙買収犯罪を犯したという事案であって、かかる本件犯行の罪質、規模、各被告人の動機、役割、回数等諸般の情状にてらすと、被告人らの刑責はいずれも軽視しがたいものがあり、弁護人ら所論のように被告人らに対し罰金刑を科するのはとうてい相当でなく、また、被告人田中に関する所論の諸点を十分考慮しても、同被告人の前科歴にてらし同被告人に対し実刑を科するのもやむを得ないと思科され、他方原判決が被告人長尾、同松浦、同中崎、同北田、同末広、同亀本、同井原に対し言渡した執行猶予の期間は二年間ないし一年間であって、右情状にてらし不当に短期にすぎるといわざるを得ず、原判決中右被告人らに関する部分は破棄を免れない。検察官の論旨は理由がある。

よって、被告人城楽、同松岡については刑事訴訟法三九六条により本件各控訴を棄却し、被告人田中については同法三九七条一項、三八〇条により、同末広については同法三九七条一項、三八〇条、三八一条により、被告人長尾、同松浦、同中崎、同北田、同亀本、同井原については同法三九七条一項、三八一条により原判決中同被告人らに関する部分をいずれも破棄し、同法四〇〇条但し書に則り同被告人らに関する事件につきさらに自判することとし、原判決が同被告人らに関し認定した事実に同被告人らに関し適用した法令(没収、追徴、訴訟費用を含む)を適用し、主文のとおり判決する。

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